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藍民芸館

『コレクター松田政秀の父 松田青針(せいしん)について』 

2018年7月号

月刊「藍民芸館」

この春、当館のコレクター松田政秀の父・松田青針の著した『人間苦の親鸞』『大凡愚親鸞』の二作が

親鸞文学全集<大正編>全13巻の中に納められました。(同朋舎新社発刊)

1962年81歳で亡くなってから56年後の偉業です。 刊行にあたり、大澤絢子氏の取材、巻末に書かれた

解説によって青針という人物をあらためて知ることが出来ました。

それまでは当館の名称「同一庵」という念仏道場・研修施設を設け、多くの人に教えを語り、歌や絵を

たしなみ、時には僧侶らしからぬものを描き詠む人物という断片的なものでした。

ただ一度、2009年8月の月刊民芸館「行灯絵」で収蔵品の中にある 青針の大正時代に描いた行灯絵2点

について紹介いたしました。当時の柏崎の文化人といわれる多くの方が描き残されている行灯絵のなか

でも特に秀逸な作と思ったからです。

◆ ◆ ◆

当館コレクターの松田政秀に多くの影響を与えたであろう父・松田青針について

大澤絢子氏の解説をもとに、ご紹介させていただきます。

◆ ◆ ◆

明治13年(1880)柏崎市西本町の正法寺の長男として生まれた青針(本名・政信)は、

真宗東京中学を卒業後、哲学館(現東洋大学)の国語漢文科に進んだが中退、25歳頃に高田日報の

記者になります。その後新潟刑務所教誨師となり、勧学院という夜学校を数年間自坊で開いて

います。結婚を機に正法寺第14世住職に就き「青針」と名乗りました。

住職となってからの約60年間、特に当館コレクターの政秀(青針・次男)が副住職に就いてからは

全国各地に布教に赴き、また執筆にと精力的に活動しました。

「金剛の信」「信仰座談」「本願一實の大道」「直入の大道」など多数出版されています。

当館の名称『同一庵』は大正末に全国の同朋の募金から建てられた念仏道場・研修施設の名称を

頂いています。そこでは年2回・春と秋に聞法会が開かれ 全国、時にはブラジルからも100人

以上の念仏者が集まったそうです。青針は亡くなる1年前80歳まで会を開いています。

死後10年程は同朋者によって続けられました。  次号へ。

 

               参考文献 『人間苦の親鸞』解説 大澤絢子 より

 

※大澤絢子・・・1986年茨城に生まれる。御茶ノ水女子大学文教育学部卒。

            東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了。

            博士(学術)。  龍谷大学世界仏教文化研究センターリサーチ・アシス

  タント。専門は宗教社会学、比較文学比較文化。

 

◆ ◆ ◆