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黒船館

浅草凌雲閣之図
(あさくさりょううんかくのず)  

2008年9月号

月刊「黒船館」

 

  江戸というと錦絵を思い出しますが、明治時代になると文明開化東京の名所・旧跡を題材にした錦絵(東京絵)が流行しました。その色は濃い赤や紫色で開化色といわれる独特の色合いでした。

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  そんな時に現れたのが「額絵」と呼ばれる石版画です。「額絵石版」の最盛期は明治10年前後から15年間くらいといわれていますが、写真に似ていて、明暗や遠近が強調され、近代絵画に見られる写実性への憧れがうかがえます。また、大判の風景画や人物画は墨一色の砂目石版や手彩色着色石版などがあって、いかにも明治時代らしい情緒を漂わせ、安価さも加わって「東京みやげ」として絶好のものとして地方の人々にも大いにもてはやされました。

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  今回取り上げた「浅草凌雲閣之図」は、浅草公園に建てられた当時最高の高楼です。明治23年建築、設計は英国人バルトン氏、工費は5万5千円、俗に「十二階」と呼ばれた12階建ての建物で、高さ67メートル、10階までは八角形のレンガ造り、その上11,12階部分は木造造りでした。

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  今の東京タワーからすれば比較になりませんが、高楼からの眺望は、浅草寺は勿論東京一円が見えびっくりするほどであったと思われます。その上、この建物には、日本最初のエレベーターが取り付けられていました。箱の中に立っているだけで上へ上へと運ばれるのですから、珍しさや驚きで大賑わいだったでしょう。

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  しかし、この建造物の運命は短く、大将12年の関東大震災で倒壊し撤去されました。